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テングのすもう
むかしむかし、ある村に太郎という男の子が住んでいました。
太郎は、性格がとてもやさしくいい子でしたが、しかしみんなとすもうをとらせれば必ず負けるし、川で泳ぎに行っても自分だけいつも最後です。
そんなある日、太郎がいつものようにみんなとのすもうに負けて、とぼとぼと道をあるいていますと、どこからか
「おーい、おーい」
と声が聞こえてきます。太郎があたりを見回しますと、
「おーい、ここだここだ」
と言う声がまた聞こえるので、太郎がふと上を見上げますと、高い木の上に黒い人影が立っているではありませんか。よく見るとそれは真っ赤な顔に長い鼻をした天狗ではありませんか。
太郎がびっくりしてその場に立ちすくんでいると、天狗はげらげらと笑いながら
「なにもそんなにこわがらなくてもいいじゃねぇか」
と言い、それから天狗は太郎を指さしてまた笑いながら
「それにしてもおまえすもう弱いな。俺もすもうが好きだけどよ、おまえみたいに弱いやつは見たことねえや」
そういうと天狗は木からひらりと飛び降りると、太郎の前にすとんと降りてきました。
「いいか、俺とすもうをして、お前が勝ったら俺が誰にも負けない術をかけてやる。だか、負けたらおまえは一生弱いままさ」
「今日の夜あそこの高い松の木の下でまってるぜ」
そういうと天狗はひらりと飛びあがり、空へ飛んで行ってしまいました。
太郎は少しこわくなってにげだそうとしましたが、勇気をふりしぼって、天狗と相撲を取ることを決心しました。
その夜太郎が松の木の下に行きますと、またあの笑い声が聞こえて、
「遅かったじゃねえか、まちくたびれたぜ。じゃあ始めるとするか」
「いいか、三番勝負だ。逃げ出したら容赦しねえぞ」
「逃げやしないやい」
そう太郎は言ってみたものの、すでに天狗のいきおいに圧倒されています。
天狗が四股をふむと、太郎もつられて四股をふみます。二人はがっちりとくみあいました。
ところが太郎の弱いこと弱いこと、まるで天狗と勝負になりません。三回とも投げ飛ばされ、顔じゅう傷だらけになってしまいました。
「ハッハッハハ、おまえはやっぱり弱ええや。こんなやつと勝負してもおもしろくもなんともねえや。おれに勝ちたかったらもっと力をつけな。そうだな、もし一晩一回として百回勝負しておまえが一回も勝てなかったらおまえの魂をもらうことにしよう。」
そう言って、天狗はまた飛び去っていきました。太郎はさっきの天狗の一言がくやしくてなりません。
それからというもの太郎は毎日毎日松の木の下へ行き、天狗と毎晩勝負をしました。最初のうちはただ負けてなげとばされていましたが、何回となく勝負をしているうちに、次第に天狗と互角のしょうぶができるまでになっていましたが、それでも天狗には勝てません。十回二十回と勝負をしているうちにとうとう天狗が決めた百回の勝負まであと一回になっていました。
「あと一回だぜ、どうする」
「そんなこときまってるじゃないか」
「逃げずにくるのか?」
「あたりまえだい」
太郎は逃げませんでした。天狗とのすもうで身も心もきたえられていたのです。そしてとうとう天狗との最後の勝負の日をむかえていました。
「よく逃げずに今まで俺にむかってきたな、その度胸はほめてやる。だがな、俺には一生勝てねえよ。今日でお前の命もおしまいさ」
天狗は、ふん、と笑って大きく四股をふむと、太郎にむかって突進しました。太郎も組み合います。二人とも顔を真っ赤にして息も絶え絶えになるまでくみあいましたが勝負がつきません。
「はぁ、はぁお前強くなったな」
「ずっときたえてたんだい」
どちらも一歩もゆずりません。その時天狗の力が一瞬ふわっとゆるみ、太郎はその一瞬を見逃しませんでした。えいっ、と力をこめて天狗を投げ飛ばすと、天狗のからだは大きくひっくりかえってしまいました。
「やったあ、勝った勝った」
太郎はうれしそうにはしゃぎまわりました。
「くそぅ、俺の負けだ」
天狗はそう言って真っ赤な顔をさらに真っ赤にしてふうふう言いながら
「お前を約束どおりどんな奴にも負けない強い体にしてやる。こっちきな」
天狗はそう言って太郎を手で近くに呼ぶと、うちわをとりだしそれを太郎の頭にあてて何やら呪文のようなものをとなえはじめました。
「よしお前は日本一強い男になった。約束はまもったぜ。じゃあな、もうあうこともないだろうな。あばよ」
「ほんとに強くなったの?」
太郎は心配そうにききました。
「大丈夫だ、おれはうそはつかねえ」
天狗はそう言って、また空へ飛んでいってしまいました。
それから太郎は村で一番強い男の子になり、すもうも川の泳ぎもみんなの中で一番うまくなりました。
その様子を遠くはなれた所からあの天狗が見て、
「おう、やってるな。まったくおれは何の術もかけていないてえのに本気にしやがって。だいたいおれがそんな術知ってるわけがねえじゃねえか。まあすもうがいっぱいとれて楽しかったからいいか」
そう言って、声たからかに笑いましたとさ。
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